書籍

なんしょんな!!香川・PARTT
なんしょんな!!香川・PARTT
「行政の役割」水は誰のものか/人の渡らぬ橋、車の走らぬ道/広い家 他
1,200円(税込み)
有料会員のみ閲覧できます
なんしょんな!!香川・PARTU
なんしょんな!!香川・PARTU
「高齢者対策の処方箋」
1,200円(税込み)
有料会員のみ閲覧できます
なんしょんな!!香川・PARTV
なんしょんな!!香川・PARTV
「教育の危機」学校教育の危機/崩壊する家庭教育/的外れの企業内教育
1,200円+税
有料会員のみ閲覧できます
なんしょんな!!香川・Q&A BOOK
なんしょんな!!香川・Q&A BOOK
「Q&A」行政の役割/水問題/交通問題/時事
800円(税込み)
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKU
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKU
この本は、都村長生氏の政経塾「長生塾」とそのホームページに寄せられた質問に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです
800円+税
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKV
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKV
この本は、当ホームページに寄せられた質問に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです。
100円+税
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKW
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKW
この本は、当ホームページに寄せられた質問(2003年5月〜2007年3月)に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです。
100円+税
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKX
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKX
この本は、当ホームページに寄せられた質問(2007年5月〜2008年12月)に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです。
100円+税

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なんしょんな Q&A詳細

  • 【199】 (6)TPPへの参加…日本の戦略と国家ビジョン(2011.2.1) (高木誠司)
    今話題になっているTPP参加についての質問です。私としては今の政権が続くのであればTPP参加を見合わせるべきではないか、と思っています。輸出に大きく依存している日本は本来は参加すべきとは思います。ただ関税原則ゼロといっても各国が自国に有利なように「この製品は例外的にこうした方がいい」等の交渉が展開されると思いますが、以前に都村さんが述べられていましたが日本代表企業とも言っても過言ではないトヨタがアメリカからおかしないいがかりをつけられても静観して何もできない(する能力がない)今の政府です。今参加すれば、全てにおいて日本に不利な条件を呑まされることになると思います。このリスクは参加が遅れたことにで不利になるリスクよりも大きい(又は同様)と予想しています。そうであれば選挙を経て「まともな政府」になってからあらためて参加をするべきではないでしょうか?「まともな政府」になる保障はありませんが次の政権は現政権よりはマシになるはずだ。浅はかながら私はこう考えました。改めましてTPP参加に対する都村さんのお考えをお聞かせ下さい。よろしくお願いいたします。
  •  日本はTPP(Trans-Pasific Partnership=環太平洋経済協定)に参加すべきだが、今の無能な政府の下ではリスクが高くかえって危険だ、というご意見ですね。最初にまず、「日本がTTPに参加すべきか?」というイシューについては、結論は自明の理でしょう。狭い島国に多くの人口を抱え、資源がほとんどない日本が生きて行くには貿易に頼るしかない。今の世界が貿易自由化に向かっているという大きな流れから言っても、日本はこの自由貿易協定に諸手を挙げて参加しないといけない立場にあるのは明らかです。大多数の国民はここまではわかっているのです。

     そこで、今回はこの問題を、
    (1)いつ参加すべきなのか?
    (2)なぜこんな簡単な話がすぐに決断できないのか?
    の2つの観点から考えてみることにしましょう。

    TPPへの参加時期を先送りするのは現実的でない

     まず、日本はTPPにいつ参加すべきか? について、「拙速に決めるのではなく、タイミングを計るべきだ」という条件論を唱える人たちがいます。すなわち、高木さんのおっしゃるような「菅内閣ではダメだ、ちゃんとした政権ができてから参加すべきだ」とか、「TPPに参加すれば日本の農業が打撃を受けるから、まず農業保護政策を整えてから参加すべきだ」等の条件が整えば…という意見ですが、私に言わせれば、そんな条件が整うなどということは今の日本では現実的にあり得ないと知るべきです。

     例えば、日本で「まともな政府ができる」ためには、有権者が自分で考える力をつけ、まともな政治家を選び、育てるという、成熟した民主主義が実現しなければなりません。すると、どう考えてもそれは30年も40年も先の話になるのではないでしょうか? 民主主義というのは亀の歩みのように一歩一歩積み上げていって初めて成熟してくるものだからです。

     以前から何度も申し上げているように、ヨーロッパもアメリカも何百年もかけて血と汗を流し、多大の犠牲の上に今の成熟した民主主義社会を作り上げてきたのです。従って、たかだか50年くらいの歴史しかない、しかも戦後にアメリカから与えられた日本の民主主義が成熟するのは、どう考えても5年や10年でできる話ではない。いかに早く進んだとしても、政権交代を6回、7回と繰り返し、30年〜40年かけてようやく少しマシな日本型民主主義の形が見えてくるのではないか、というのが私の予測です。しかし、主たる糧を貿易に頼らざるを得ない日本が自由貿易圏への流れから30年も孤立していたのでは、民主主義が成熟する前に日本自体がつぶれてしまいます。

     かといって、スーパーマンのようなリーダーの出現を期待して、一気に力づくで日本を引っ張っていってもらおうというのは、ある種、民主主義の原則を否定する動きでもあり、社会秩序成立の根幹に関わるリスク(ヒトラーの出現のリスク等)が出てきてしまう。つまり、これは“禁じ手”なのです。

     結局、民主主義社会を前提とする限り、「まともな政府になってからやる」ということは、日本の現状ではほぼ「いつまでたってもできない」ことに等しい。従って、TPPに参加するかしないかを「政権の質や能力」で判断するのは根本的に筋が違う、というのが私の意見です。確かに現政権に任せるのは私にも不安がいっぱいで、高木さんの危惧もわからないでもありませんが、いつまで待っても状況が変わるとは思えないのです。

     また、「まず農業保護政策を整えてから」という意見についても、いくら時間をかけて対応策を実施しても「TPPに参加した上で日本の農業が現在の延長線上でビジネスとして生き残る」などという解はない、という現実がスタートラインとなるべきです。

     これも以前から申し上げていますように、土地と人力を最も必要とする「農業」という産業において、世界で一番土地と人件費が高く、しかも世界で一番付加価値の低い米が主製品の日本の農業が、構造的にビジネスとして成立するはずがありません。今の日本の農業は、数百%もの関税と延々とつぎ込まれる補助金という生命維持装置をつけて生かされているだけなのですから、TPPに参加して関税等が撤廃されれば国内の農業は必ずつぶれる。一部、付加価値の高い農産物とある程度大規模化された部分だけは細々と残るでしょうが、おそらく9割以上の農家はつぶれることになる。しかし、それはもはや日本の農業にとって、構造的に避けることのできない現実なのだ。…この客観的な現実から出発して日本の農業ビジネスのあり方をゼロベースから考え直さない限り、解はないのです。

     そもそも、貿易自由化の流れというのはすでに40〜50年も前から始まっているのです(1955〜72年にかけての日米繊維交渉が一例です)。以後、日本のあらゆる産業は自由化の流れに対応しながら、世界市場で戦うべく技術革新、構造改革を続けて成長してきました。しかし、農林水産業だけは政治に頼り、改革に手を抜いて、問題を先送りし続けてきた。その結果が、今の日本の農業の惨状なのです。

     現在、日本の農業関連人口は総人口の10%程度だと言われていますが、農業のGDPは1%に過ぎない。その就業人口とGDPのギャップを、自動車や家電をはじめとする輸出産業等の残りの90%の人たちが稼いだお金を補助金として配って穴埋めしている、という構図でしょう。しかし、この世界的な自由化の流れの中で、しかもこの成長欠乏症の時代に、そんないびつな構造を続けていくことは誰が考えても不可能です。

     すなわち、今の農業政策の延長線上には日本の農業を守る解はない。私が今まで言い続けてきているように、日本の農業に“do better”政策を続けても意味がないのです。とすれば、解は2つしかない。つぶすか、あるいは“do different”な解を見つけるかです。しかし、今の政治に“do different”な解を考え出し、実施する智恵も気力もないのは誰が見ても明らかでしょう。ひたすら官僚に頼り前例を踏襲するばかり…言い換えれば、現状を前提とする限りこの問題もいつまで経っても「条件は整わない」のです。

     つまり、私の頭の中では「政治体制も農業問題も“いつまで待っても”条件は整わない」というふうに理解せざるを得ない。従って、リスク承知で思い切って今やるしかない、待っていてもじり貧だよ、というのが結論です。

     ちなみに、自由貿易協定としては2国間で締結するFTAがありますが、例えばお隣の韓国では、10数年かけてヨーロッパ諸国やインドと個別に交渉しながら一つずつFTAを結び、世界の貿易自由化の流れに準備、対応してきています。その間、日本は何も手を打たずに今日に至っているわけですが、今回のTPPで韓国の10数年分の手間暇がいっぺんに片付くのですから、旧態依然とした日本の農業と決別して世界と戦える産業構造に転換する、願ってもない決断のチャンスが与えられた、と捉えるべきではないでしょうか。

    ビジョンも戦略もないから決断ができない

     では次に、「TPPへの参加をなぜすぐに決断できないのか?」について考えてみましょう。

     TPPに参加し、農業ビジネスで“do different”を実施すれば日本の社会はガラリと変わります。TPP自体が農業のみならず他産業にもパラダイムの転換を強いるからです。そうすると我々国民としては、その結果「日本の社会がどう変わるのか?」をぜひ知りたいですよね。当然です。

     すると、今回のTPP参加の問題は、政府が
    (1)「貿易が自由化された後、農業を含む日本の産業構造をどう再構築し、日本がいかなる社会を目指すのか」という国家ビジョン(日本のあるべき姿)をきちんと打ち出す。
    (2)世界の貿易自由化の流れに沿ってできるだけ早くTPPに参加し、再構築したビジョンに向かって早急に個々の産業戦略を立てる。
    (3)国民にそのビジョンと戦略を明示する。
    ことが必要となってきます。だって、参加しなくてはならないことは皆、わかっているのだもの。

     ここまで来ると皆さんにも「なぜ決められないのか?」はもうおわかりでしょう。決断できない最大の理由は、政府にTPP参加後の明確なビジョンも具体的な戦略もないことだ、ということに尽きます。繰り返します。TPPに参加するということは、それこそ国の経済の仕組みが全く変わってしまうほどの大きな出来事です。まさに「平成の開国」だ…無能な総理に言われなくても国民はそんなことは百も承知なのです。

     すると当然、政府には「TPP参加後の日本の農業をはじめとする産業はどういう姿を目指すのか、それはなぜか?」、さらにはその結果として「日本の社会全体は将来どういう姿になるべきなのか」、という明確なビジョンと具体的な戦略が不可欠となります。ところが、今の政府にはそのビジョンも戦略もあるとはとても思えない。その結果、TPP参加によって起こるであろう数々の混乱(これくらいは誰でもわかる)に対し、どう対処すればよいか誰もわからず、既存路線の延長線上で目先の対応に右往左往するしかなくなっている、だから参加を決められない、というのが私の印象です。まさか正直に、「よくわからないけどとりあえずやってみよう」とは恥ずかしくて(?)口が裂けても言えないのでしょう。

     では、平成の開国(TPPへの参加)をするために、日本にはどんなビジョンや戦略が必要になるのか? 私の見解をここで少しまとめてみましょう。ただ、この問題は今まで『なんしょんな!香川』や長生塾ですでに語り尽くしていますから、その確認ということになります。従って、引用が多くなることをお許しください。

    農業戦略

     まず、個々の具体的戦略から入りましょう。皆さんの頭の中で個々の戦略が具現化できれば、それらをまとめた日本のビジョンもイメージしやすくなると思うからです。ではまず、TPP参加による影響が最も大きいと思われる日本の「農業」の戦略を考えてみましょう。

     先述したように、日本の農業は遅かれ早かれ、自由化の波に飲まれて国内生産の90%以上が成立しなくなります。そこで私は20年以上も前から、日本の農業戦略として、
    (1)日本国内にはビジネスとして成立する農業(高付加価値の農業と大規模化された農業)だけを残す。
    (2)食糧安保のためリスクを最小限化することを目指し、日本人が海外各地で農産物を現地生産し、供給源のマルチ化を図る。
    しか解はない、と主張しています(『なんしょんな!香川PART1』P123〜、Q59等参照)。結果、日本国内には農地はほとんどなくなるが、日本の農業というビジネスは海外で生き残ることになります。そして、これを目指すためには、行政は以下の3つの具体的な実施策をとることが求められます。

     1つは、「地上げ」です。農業が主力を国内生産から海外マルチ生産に移行すると、国内の農地が大量に余ってきます。これを行政がまとめて造成、整地し、農地の再編をしなければならない。おそらく現在の農地の1〜2割は大規模集約化をして付加価値の高い作物を作る効率的な農地に再編することになり、さらに1〜2割は「杜」を創出(『なんしょんな!香川PART1』P133〜参照)、そして残りは宅地に造成することになるでしょう。こうした土地の再編は、民間にやらせるものではなく、行政が強制力を持ってやるべきことだ、とはすでに指摘しました(Q195参照)。

     ちなみに、「農地をなくすると日本の自然が壊れる」とか「農村文化が壊れる」という主張がありますが、そもそも水田というのはもともと森だったところを開墾して作ったものですから、水田自体が自然破壊の産物そのものですよ。その一部でも人工のもとの「杜」に帰すのですから、自然破壊ではなく、それは自然の創出になるのではありませんか?

     また、水田を象徴とする農村文化なるものも、農地の開墾が進んで水田が広がり始めたのが江戸時代のことですから、たかだか数百年の歴史しかありません。我々は今、今後数百年の話を考えているのですよ。どちらを優先するかは明らかでしょう。いずれにしろ、現在の農地を大規模集約農地と杜と宅地に再編することで、自然環境は整備され、住宅産業に火がついてGNPも大きく伸びるわけですから、国民に大きな豊かさをもたらす短期的成長戦略の一つの柱になることは疑いない、というのが私の意見です(Q184参照)。

     2つ目に行政がやるべき具体策は、外国における「農地の借地交渉」です。食糧安保のためにリスクを最小限にとどめる最良の方法が「供給元のマルチ化」であることは、これまでに何度もお話ししてきました(Q59等参照)。ビジネスでは、絶対に必要な原材料等の安定確保を図るためには必ず仕入れ先を複数に分散し、どこか1つにアクシデントがあってもそのほかの供給元でカバーする、というのがセオリーなのです。

     従って、日本の食糧安保のためには、例えばオーストラリア、ブラジル、東南アジア、中国(中国だけは要注意ですが)等の広大な土地が余っている所で日本人が出て行って日本用の農産物を生産し、それを逆輸入する、という形が戦略として有効になってくるわけです。また、日本の農業は世界的にも非常に高い差別化された生産技術を持っていますから、海外で日本向けの農産物を作るだけでなく、そこから世界販売に展開するという、新しい日本農業ビジネス発展の可能性も大きく開けてくるでしょう。

     相手国も日本からの高い技術の移転、現地雇用の創出、日本への輸出の拡大が期待できるわけですから、喜んで乗ってくるはずです。何よりも、これこそが人、モノ、金を国境を越えて自由に流そうというTPPの理念を具現化したものではないですか。いずれにしろ、こうした戦略を実現するためには、相手国との間で広大な農地の借地交渉が必要となります。これは当然ながら民間の役割ではなく、政府がやるべきことになってきます。それをTPP交渉の切り札とすればよい…それくらいの智恵がなぜ今の政府からは出てこないのでしょうか?

     振り返ってみれば、自動車にしろ家電にしろ日本の製造業のほとんどは、戦後の貿易自由化の流れの中でリスクをとって海外生産に踏み切ってきています。そうした中で、なぜ農業は頑なに国内生産を続けているのか、私にはその道理が全くわかりません。農業だけではなく水産業も林業も、安定供給とビジネスとしての成功を目指すなら、日本の優れた技術力を武器に、例えばカリフォルニアやフロリダで大規模養殖を行うとか、カナダや東南アジアで木材ビジネスを興す等の戦略が当然出てくるべきだと思います。

     3つ目は、これらの戦略を実行していくための選挙制度の改革、すなわち「一票の格差の是正」を行うことです。「なぜTPP参加を決断できないのか?」の直裁的、短絡的な理由は、農村票に支えられた政治家が「次の選挙で当選すること」しか考えずに目先の欲でTPPへの参加に反対していることにあります。原点に遡れば、そもそも、今の国会議員の選出方法には、一票の格差の行き過ぎから「農村票が実態以上に反映されている」という大きな欠陥があることに行き着くのです。

     例えば、先の参議院選挙では鳥取、島根といった農村中心の選挙区では有権者約30万人に1人の国会議員が選ばれたのに、東京、神奈川、大阪といった都市部の選挙区では有権者約100万人に1人と、3倍以上(鳥取と神奈川では最大5倍近く)の格差になりました。つまり、都市部は有権者100万人に対して国会議員が1人、農村部は同じ100万人に対して3人以上の国会議員を出していることになる。

     しかし、先述したように農業のGDPは日本全体の1%に過ぎないのです。このいびつな選挙制度を改革し、国会議員の数を国民の産業別人口比(言い換えれば日本経済の実態に合わせたGDP比)に合わせない限り、日本の産業政策が大きく歪んでくるのは明らかでしょう。この状況が違憲かどうか等という神学論争を延々と続けるより、この歪みのために我々がいくら払わされているかを誰か一度はじいてみれば、打つ手は明らかでしょう。この改革を合わせて今回思い切って実施しておかない限り、自由化が進むたびに国内農業保護論が必ずゾンビのように復活してきますよ。

     農業分野で以上の策を実行すれば、今まで日本という会社の巨大なコストセンターの一つであった農業コストを大幅に削減でき、かつ短期的成長を生み出す住宅産業という成長エンジンに変えることができる…これが私の唱える“do differennt”な農業戦略なのです。

    個別産業戦略…防衛、教育、社会保障

     農業戦略の次に、TPP参加と日本のとるべき成長戦略との関係を考えてみましょう。つまり、自由貿易圏に参加し世界を相手に成長を持続するために、現時点で政府がやるべきことをいくつか考えてみればいいのです。当然それらはすべて、日本のとるべき成長戦略の個別産業ごとの戦略要素となるべきなのは言うまでもありません。

     その1つ目は、独自の防衛体制の確立です。自由貿易というのは国と国との交渉事ですから、自由化の進む過程で常に国レベルの“もめ事”(外交)に直面することになります。その時、最大のバーゲニングパワーである自前の軍事力を持っていない限り、有利な交渉は絶対にできません。目前のTPP交渉もしかり、例えばアメリカとフィフティフィフティでガチンコの経済交渉をすることを想像すれば、日米安保体制をゼロベースから構築し直すくらいの覚悟が必要になってくることは皆さんもおわかりでしょう。

     当然、憲法を改正して正当に軍備を持ち、防衛に特化した兵器産業も興して武器を自国生産化、輸出しなければならない…等々、待ったなしで日本独自の軍備体制の検討に入らなければならないでしょう。最も大切なことは、この軍事産業が中期的に見て日本の成長の柱になってくることだ、とは以前すでにお話ししました(Q164168参照)。

     2つ目は、日本の成長戦略に不可欠な「教育」の立て直しです。自由化が進みビジネスに国境がなくなってくると、国ごとに、地方ごとに、会社ごとに成長を生み出すパルチザンの奪い合いが起こる時代が必ず来るだろう…これも私が『なんしょんな!香川PART1』の中で20年も前から予想していることです。つまり、日本の成長戦略としては、短期的には住宅産業を興すこと、中期的には軍事産業と宇宙産業による技術イノベーションを起こすこと、そして長期的にはイノベーションの種を大きなビジネスに花開かせることのできるパルチザンを生み出すことだ、というのが私がずっと主張している提案です(Q184等参照)。そのためには、長期的に見て日本で優秀な人材(パルチザン)がどんどん育ってくるような教育システムの構築が不可欠になります。

     かつて、小泉氏が首相時代に一つだけいいことを言ったのは「米百俵の精神」という話です(実行が全く伴わなかったのは残念ですが…)。これは、戊辰戦争で敗れて窮状に陥った長岡藩に対して贈られた米百俵を、藩の大参事・小林虎三郎が藩士に分け与えずに売却して学校の設立に使い、「百俵の米も食えばたちまちなくなるが、教育に充てれば明日の一万、百万俵になる」と言ったという逸話ですが、教育とはそういう未来を目指すための最も効率的な投資なのです。

     しかし、残念ながら今の受験中心の教育体系からは、イノベーションを起こす技術もビジネスを興すパルチザンも全く出てこない。私は『なんしょんな!香川PART3』の中で「KAA=香川オルタナティブアカデミー」という、考える力を持った人材を育成する教育システムを提案しましたが、それくらいの教育システムの大転換(教育の自由化)をしない限り、自由貿易化の中での日本の長期成長戦略は実現しないのです。

     3つ目はセーフティネットの話です。これにも“do deifferent”な発想が求められます。ここまでで皆さんも日本が自由競争経済を維持し、安定成長を確保できる方法論がおわかり願えたと思いますが、そこで出てくるのが「競争での敗者(弱者)をどうするのだ?」という社会保障戦略です。これも私は『なんしょんな!香川PART2』の中で進むべき日本の方向と具体策を明示してあります(『なんしょんな!香川PART2』P159〜、Q139Q162等参照)。

     つまり、日本は文化的、歴史的に会わない欧州型の行政主導の高福祉を目指すのではなく、三世代同居を前提とした子が親の面倒を見る因果応報型の日本型福祉を目指すべきだ、という提案です。同居をベースとする社会では年金も最小限でよく、老人医療費も激減することは、すでに『なんしょんな!香川PART2』で証明してあります。一言で言うと、社会のセーフティネットとして日本独自の家族制度を大いに利用し、行政に頼り切った社会保障から民間自力補完型の社会に移行しようというものです。

     私は、今の日本には成長の足かせとなっている巨大なコストセンター(金食い虫)が2つ存在していると思っています。政府に頼り切って自立できない農民と、グリーディに何でも欲しがる長島型老人の2人です。農業のコストダウンについてはすでに述べました。また、この日本型セーフティネットへの移行により、長島型老人に要していたコストを大幅にカットできます。どうでしょう? 安定成長実現のためには、農業と社会保障の問題を解決しておかねば、いくらパルチザンが稼いでもザルに水を注ぐようなことになる…そのためにこのくらいの“do deifferent”戦略が必要とされることがおわかり願えましたでしょうか?

     他の産業についても、それぞれTPP参加に際して個別の対応が必要となります。金融、保険、IT等、アメリカにしてやられるのではないかと危惧される方もいますが、私は十分戦っていけると思っています。スペースの関係でここでは触れませんが、曲がりなりにも今まで自由化の流れの中で生き延びてきたのですから、外資と戦うノウハウは持っています。私なら逆にこれを機に、この分野でも海外に出て行く戦略を考えます。その方がずーっと夢が広がって魅力的ではないでしょうか。

    日本人と日本社会の優れた特徴を守らねばならない

     最後に具体的な戦略を超えた、日本の国のアイデンティティに関わる、最も大切な国家ビジョンの話に入りましょう。またこのビジョンから、とるべき新しい追加戦略も出てくるのです。

     改めて考えてみると、ハンチントンに指摘されるまでもなく、日本という国は世界でも非常にユニークな国なのです。ではここで、日本が他国に比べて誇れる社会的文化的差別化要因を枚挙してみましょうか。これはそう難しい話ではありませんよ。「こんな国は世界中どこを探してもない!」というものをリストアップしてみればいいのです。そこから将来の日本のあるべき姿…ビジョンが生まれてくるのです。

     まず第1、日本人は非常に勤勉な国民です。こんなに勤勉でまじめな国民は、世界中どこを探してもいません。第2、日本は非常に安全な国です。だいたい夜中の12時に若い女の子が一人で夜道を歩ける国など、世界中のどこにもない。第3、日本は非常に清潔な国です。道にはほとんどゴミも落ちていないし、日本人は異常なくらいきれい好きで、毎日風呂に入って湯船に浸かる。こんな国民も世界にはまずいません。

     どんどん行きますよ。第4、日本人は非常に「やさしい」。みんなが常に相手の気持ちを慮り、争い事を好まず、謙譲の精神にあふれている。こんなにやさしい国民にあふれた国は、世界にはありません。日本文化の起源である同じ漢字圏の中国が、家族以外誰も信用せず、好戦的で、常に相手を貶めようとする社会になっているのと比較していただければ、皮肉な対比ですがこの「やさしさ」の意味が理解しやすいと思います。

     私が中国人やアメリカ人と話していて気づいたのは、英語や中国語には日本の「やさしい」に相当する言葉がないことです。friendly、mild、gentle、tender、kind…温柔、善良、親切、優雅…等々、個々の「やさしさ」らしきものを表す言葉はたくさんありますが、何か日本の「やさしい」とは少しずつ違う。それらを包括した日本語の「やさしい」を表す言葉がない。それは取りも直さず、日本人ならではのユニークな特徴を示している証拠の一つです。

     第5、この日本人ならではの「やさしさ」の源の一つとして、日本は多神教であるということが挙げられると思います。先進国中、多神教国家は私の知る限り日本だけではないでしょうか? あるいは「自然教」と言ってもいいかもしれませんが、日本人にはどこかに「あらゆる自然には神が宿る」といった考え方があり、そうした精神が、神も仏もキリストも、あらゆるすべての宗教をその辺の石に宿る神々と一緒に受け入れる、という柔軟な発想につながっているのではないかと思います。宗教すらも来る者は拒まず、まず受け入れて、それから同化して自分独自のものにしてしまう…こんな国は他にはありません。

     第6、今、ほとんどの先進国は一神教ですが、一神教というのは、ユダヤ教にしろキリスト教にしろイスラム教にしろ、必ず排他的になります。異教を一切認めないのが一神教なのです。そして、世界の歴史上、ほとんどの紛争や戦争は宗教的なものが背景にあると言っても過言ではありません。宗教に関する争い事のない国、こんな国は日本だけでしょう。

     第7、また、日本のように「自然と共存している社会」も先進国の中では珍しい存在でしょう。狩猟民族主体の欧米社会は、ある意味で「自然と闘い、自然を征服しようとする社会」だとも言えます。しかし、農耕民族中心の日本では上述の多神教(自然教)も少なからず影響し、世界にも希なる「自然と共に生きていこう」という寛容な精神が育まれてきたのでしょう。例えば「自然にやさしい」という表現は、欧米人には論理的にはほとんど理解できない矛盾した表現になってしまう、と私は思っています。

     第8、今までの相手を思いやる社会的特徴から帰結されることですが、日本は先進国の中で一番貧富の差が小さい国だと思います。社会的成功者と弱者の収入差が日本では20〜30倍、アメリカでは100〜200倍、中国では何と1万倍!(Q76Q90参照)、それでも「日本の格差は大きすぎる」と思っているこんな「やさしい国」は他にはありません。

     第9、さらにもう一つ日本ならではの特徴として、長子相続を原則とした「家」という概念が他国に比べ強いことが挙げられます。家の中で2世代、3世代が同居し、家を通じて文化が継承され、その家が集まって社会を構成している。近年はこの日本古来の「家」の概念を壊す風潮も表れていますが、まだ原則的には家を中心に親が子を養い、子が大きくなってまた親を養い…という、助け合いの精神を持つ相互社会が、日本の社会の根底に綿々と流れているわけです(『なんしょんな!香川PART2』P173〜、Q85等参照)。これも、親子に独立志向の強い個人主義の欧米の先進国とは全く違う、非常に「やさしい」社会ができあがった要因になっていると思います。

     天皇制、武士道…まだまだありますよ。どうですか? 日本とは、いい意味でこんなにユニークな国なのです。つまり、以上挙げたいくつかの特徴をまとめて眺めてみると、日本(人)というのは、自由競争原理をベースとした民主主義体制の下、経済の安定成長を持続し、その上で長子相続の「家」をベースとした相互助け合い精神を基盤とする社会であり、多神教で何でも受け入れる寛容さを持ち、皆勤勉で不満も言わずよく働き、争いを好まず他人を慮る謙譲の精神にあふれた「やさしさ」に満ち、貧富の差もなく、安全で、きれいな国…という、世界でも希な特徴を持った国であることがおわかりでしょう。

     何度も繰り返しますが、こんな国民は世界中どこを探してもいません。しかし…皆さん、ここまで来れば何か気づきませんか? 確かに世界中に国、民族単位では日本以外にこのような社会はありませんが、切り口を変えて考えれば、こういった性質を持ったセグメントは世界各国に少しずつ存在します。それは“豊かになった人たち(富裕層)”だということです。

     「衣食足りて礼節を知る」ということわざ通り、富裕層のニーズは最終的には世界共通に「礼節」に向かいます。その「礼節」とは、私が今まで「これでもか」と列挙した日本人が長年育み、培ってきた日本風土そのものではないか、その事実にお気づきでしょうか? ということは、我々は偶然にも(無意識のうちに)世界の富裕層が求めるユートピアに近い社会を作ってしまったと言えます。

     そこで皆さんに尋ねます。皆さんは、決して贔屓目で言うのではなく「世界の国がすべて日本のようになれば、理想的な世界になるのではないか」と感じたことはありませんか? かくいう私も、世界中にこういう生き方が広まれば争い事は最小限に抑えられるはずだ、逆に言えば、これから100年の世界はおそらく競争、競争だけで突き進んでいったのでは持続できない、こうした日本人の持つユニークな価値観を取り入れて初めて世界は生き残れるのではないか、と思っているのです。

     つまり、「あるべき姿」として競争は絶対必要条件ですが、必ずしも十分条件ではない。十分条件として競争の傷を癒す「やさしい社会」が必要なのだ、ということではないでしょうか。すると、日本はこういう希有な社会および生き方を絶対に守って、かつ世界に広げて行かねばならないことになりますよね。言い換えれば、それが日本のあるべき姿、戦略を超えた目指すべき国家ビジョンそのものだ、というのが私の意見なのです。

    人の移入に制限が必要

     すると、その国家ビジョン実現ために政府がTPP参加後の戦略として絶対にやらなければならないことが出てきます。それは「人のブロック」です。TPPとは端的に言えば貿易の自由化ですが、自由貿易が始まると金、モノ、情報が自由に行き交うだけでなく、人も自由に流れ始めることになります。しかし今、こんなに狭い日本に世界から一挙に外国人が入ってくると、上記の日本の持つ特殊な価値観(守るべき文化)はいっぺんに壊れてしまう。しかもまずいことに、豊かな国になだれ込んでくるのはたいてい貧しい外国人がほとんどです。事実、先般も日本に来て生活保護をかすめ取ろうとした中国人集団がニュースになったように、豊かな日本に入り込もうとする貧しい外国人は後を絶たない。

     愛知のブラジル人、新大久保の韓国人、埼玉の中国人スラムを見れば何が起きるかは一目瞭然、また国レベルではロンドンのアラブ社会、ドイツの移民問題、アメリカのチャイナタウン等、彼らの「礼節」文化の破壊は枚挙にいとまがありません。ただし、間違わないでください。外国人でも富裕層はウェルカムなのです。なぜなら、彼らは“礼節”を求めて日本に来るのですから、絶対にこの大切な文化を壊したりはしないからです。従って、日本政府は最も大切な日本の文化、社会を守るため、貿易自由化に際して「外国人の入国に関しては条件をつけてブロックします」という交渉を絶対にやらねばならないのです。

     つまり、守るべき日本社会に付加価値を提供してくれる外国人(富裕層と高い技術等を持って成長に寄与できる層等々)はどうぞどうぞ、単純労働層、貧困層は来てもらっては困る、と入国に制限をかける必要があります。その代わり、モノ、金、情報は例外なく完全自由化する、人だけに条件を課す…この条件合意がTPP参加の絶対条件だ、というのが私の考えです。入国制限条項の設定はどこの国でも多かれ少なかれやっていることで、そう難しいことではありません。また、この条件はエネルギーと食糧にイノベーションが起こり、世界が豊かさに向かって進める目途が付くまでの今後30年間くらいの期間限定政策になるはずだと私は考えています。世界の人々が「礼節」の重要性に気づくまでの応急処置だと思ってください。

     加えて、怪しい外国人をはじき出すために国民総背番号制や生体認証システムもきちんと導入し、警察力も増強しないといけない。これら一連の体制整備が、自由貿易下で日本が日本のアイデンティティを見失わないための絶対条件になるのです。我々はパンドラの箱の隅に残された小さな“希望”の灯をつぶすわけにはいかない、それを世界に広げて行く必要があるのです。

     長くなりましたが、まとめますと、
    (1)貿易立国である日本は当然TPPへ参加するべきだ。
    (2)参加のタイミングはいくら待っても意味がない。早急に参加すべきだ。
    (3)決断できないのは政府にビジョンも戦略もないからだ。
    という話になります。そして、私の考えるビジョン(自由競争経済の下、安定成長を持続し、かつ親、子、孫が同居する相互扶助の精神に富んだやさしい社会を目指す)に対する政府のとるべき具体的施策は、まず農業分野では、
    (1)地上げをして農地の再編成を行い、住宅産業を活性化する。
    (2)外国で農地の借地交渉を行い、農業母体の海外移転を促す(結果、国内農業政策費の大幅削減となる)。
    (3)一票の格差を是正し、実情に合った日本の産業構造改革ができる政治体制を作る。
    ということが求められます。また、成長持続のため、
    (4)自主防衛力を強化し、兵器産業を興し成長の柱とする。
    (5)教育の自由化により、パルチザンを生み出す教育システムを構築する。
    (6)子供が自分の親を養う風土への回帰により、社会保障費の大幅節減を図る。
    を実行に移さねばなりません。そして、当ビジョン実現のためTPPでは、
    (7)日本の優れた文化特性を守るため、貧困外国人の入国を期限付きでブロックする。
    というものになりましょうか。

     いずれにしろ、政府は「日本の国をこういう姿にする」(それはなぜか?)というビジョンをきちんと定めない限り、戦略の立てようもなく、交渉のしようもないのです。今の政府のビジョンと称しているものは、私に言わせれば祝詞((のりと)、最小不幸社会を目指す…耳障りはいいが何の役にも立たないスローガン)、戦略と称しているものはコインの裏表の解(自由化すれば農業が持たない→補助金を出そう…全く差別化できない役人の発想)に過ぎません。従って、ここでは世界と戦うレベルでのビジネスで言う「ビジョン」とか「戦略」というものとはいかなるものかを理解していただくために、私案を述べさせていただきました。似是而非(似て非なり)という言葉のアイロニーがわかる政治家が今、何人いるのでしょうか?

     日本の国というのは歴史的に見ても、大きな変革を自分の手ではできない。いつも外圧に屈して改革を余儀なくされ、しかし日本人は勤勉であるからその都度頑張って何とか曲がりなりにも対応して生き残ってきたわけです。かつて、ペリーが開国を迫ってきた時、江戸幕府は小手先の先延ばしを何度もやった結果、最後に大砲に脅されて開国せざるを得なくなりました。今回の話もそれと同じです。貿易自由化という大きな外圧に際して、小手先の先延ばしをやってもいずれ大国の軍事力に屈して「平成の開国」を余儀なくされるのは目に見えている。それなら早く決断して、リスク承知で持ち前の勤勉さで新しい日本の未来を切り開くことに賭けるべきだ、というのが私の意見です。

     ただし、「開国」した者は大老井伊直弼のように暗殺に近い処遇を覚悟しなければいけないかもしれません。しかし、今の日本には不平不満を滔々と捲し立てる曲学阿世の水戸浪人は掃いて捨てるほどいますが、肝心の井伊大老たるリーダーが一人もいないので、こんな心配は杞憂に終わるでしょう。喜んでいいのか悲しむべきなのか、複雑な心境です。